トシバウロンblog
バウロン奏者「トシバウロン」のブログ
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いわきに行ってきました
尺八の神永大輔、民謡歌手の若狭さち&John John Festivalで福島県いわき市に行ってきました。当初福島に行くということで、みがまえていた部分もありましたが、蓋を開けてみればいつも通り以上の楽しいツアーでした。2日間だけだったけど、ずいぶん濃く長く感じました。

いわきは神永君の実家があります。僕の大学の唯一の友人も住んでいて、いわきには一度足を運んだことがあります。その時と比べると駅前はとても綺麗になっていて、新しいショッピングセンターも出来ていました。行ったのは日曜日でしたが、やや閑散としている印象でした。

今回訪れて感じたのが、まず福島と一言で言ってもとても広く、いわき、会津、郡山など各地域によって気候風土や文化が異なるということです。たとえば、会津の方は雪深くても、いわきは雪が積もらないとか、方言が違うとか、店の呼び方も違うとか。いわきの人はいわき、会津の人は会津のアイデンティティがあります。

今回ぼくらが訪れたのはいわきなんだな、という意識をハッキリもちました。同時に、福島ということで一括りにしていて、そのために色々細部が見えにくくなっている、という印象も持ちました。ライブハウスで会った、ハワイアンバンドのみなさんが口を揃えて「いわきは風評で困ってるんだ。放射能放射能っていうけど、実はそんなに高い数値じゃないんだよ。でもみんな怖がって来ないんだよね」と言っていました。風向きなどもあって、いわきを通り越して千葉や関東のほうに流れて行っているのにね、とのこと。

確かに街中を歩いている人も、マスクをしている人はあんまりいませんでした。用心で子供にはマスクをつけさせていたり、部屋干ししていたり、水をストックしていたりするけど、それはやはり見えないものだから、ということなんでしょう。放射能のような眼に見えないものに対する予防策として、気持ちをポジティブに保つということ。少なくともお会いしたいわきの人たちは皆明るかったのがとても元気付けられました。

避難所も1箇所回りました。湯本第二中学校というところで、今は40名ほどが避難している場所です。普通に中学校の授業も行っていて、避難されている方と授業を平行してやっているようでした。案内や説明してくれた教頭の松本仁志先生が、被災したときから今に至るまで、皆さんをまとめて元気に立て直そうとしているのが伝わってきました。困ったときこそ助け合い、そして強いリーダーシップと組織作りが必要です。幸いこの学校はそれがうまく機能していて、雰囲気も明るかったです。松本先生が避難されている方を紹介する中で「あの話、してもいいよね? 明るく話そうね」と、ポジティブにもっていこうとする努力が胸に沁みました。

平穏をとりもどしつつあり、また人々が明るかったので忘れそうになりましたが、いわきも津波の被害が大きいところです。帰り際、津波が来た場所をみてきましたが、慄然としました。何もない場所に、前に家があったと言われた瞬間は怖かったです。

避難所での演奏の最後に、生徒会長の子が挨拶してくれて「僕らがいわきを復興していきます」と言っていた言葉の余韻が今でも残っています。こういうときだからこそ頑張って、マイナスに振れたエネルギー分、プラスに還元することができればと思います。今回いわきに行き、いわきは大丈夫だ、と強く感じました。

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